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2013年12月23日月曜日

北部出張 Vol.1


北海道の4分の3くらいしか面積のないこの国では、2009年まで内戦がありました。
ざっくりいうと、南西部(政府軍 シンハラ人)vs北東部(LTTE タミル&イスラム人)って感じです。※LTTE: タミル・イーラム解放のトラ
北東部が主に内戦の舞台となっていたので、南西部に比べて発展が遅れています。そしてインフラ整備の復興だけではなく内戦で被害をうけたひとたちのこころとからだのリハビリテーションも現在引き続き行なわれています。
多くの国から北東部復興を援助する動きがあるものの、政府は「北東部ばかり援助しないで南西部もまだまだ貧しいんだから、北東部を特別扱いするな」と主張しているらしいです。なので、北東部を援助するプロジェクトの名前をつけるときにも”復興”ということばは使えないんだとか…。確かにどの地方にも貧しい人々はいる、でも全体的にみると北東部はやっぱりいろんな面で内戦の影響を受けているのは、一目瞭然なんだけどなぁ。。
「タミル人やイスラム人ばっかり気にして…」っていうシンハラ人の嫉妬みたいな感じでしょうか。なんだかなぁって感じです。
 
その北東部で多くのプロジェクトを行なう団体と一緒に少しお仕事をさせていただくことになり、キリノッチとムラティブへ行ってきました。
なかなか北部へ行く機会がなかったので、帰国まで3ヶ月となった今が初となりました。
「キリノッチとムラティブに行ってくる」と同僚(シンハラ人)にいうと、「へー行ったことない」という人がほとんど。その言葉はいまでも少しどこか遠い場所のように感じているようでした。

LTTEによって破壊された給水塔。 
キリノッチはLTTEが最北端の町ジャフナを政府軍に制圧された後、LTTEの根拠地となり、LTTEと政府軍による奪い合いがさいごまで繰り返され、多くの犠牲者を出したところ。
政府軍にキリノッチを奪還されそうになった際、街のインフラの象徴(?)でもある上の写真にある給水塔を破壊したそうです。インフラを壊すなんて誰にもいいことないのに。まぁそもそも内戦自体誰にとっても有益ではないんだけれど。
そして、この給水塔は政府(軍)によって「LTTEはこんなに悲惨なことをした奴ら」と見せしめに今でも残されているそうです。
この隣にあるお土産屋さんにいる売り子も軍人。このお土産屋さんでキリノッチTシャツが販売されています。お値段Rs.350也。わたしも一枚getしました。気に入ってます。


今回わたしが参加したのは、コミュニティー開発の中の幼稚園建設。前職で木工家具を扱う仕事をしていたことを風の噂で聞かれた担当の方からお声がけいただいたことがきっかけです。
その団体が使う支援の資金源は日本のODA。そうです、わたしたち日本国民が支払った税金の一部がこうやって、海を越えて厳しい生活を送る人たちのお手伝いに使われているのです。

今回は初めて参加させてもらうこともあって、幼稚園関係だけではなくコミュニティー開発に関わるミーティングにも同席させていただきました。
まずは現在使われている幼稚園を見学に行きました。
30人の生徒がいるそうですが、この日は8人のみ。「何でみんな来てないの?」と聞くと、「雨が降ったら水浸しになるので親御さんが嫌がる、そもそも雨だと来れないし」と先生。

外観。壁のコンクリートもボロボロ。この隣に新しい幼稚園をつくります。
葉っぱで作られた屋根は穴ぼこだらけ。雨の日は水浸しになるそうです。
上をみると穴ぼこだらけ。この日も子供たちは雨漏りしない場所に固まってただ座っていました。

この団体の支援方法は、まずコミュニティーミーティングに参加し、このコミュニティーに必要なものはなにか、を議論してもらうそうです。ただただ「はいどーぞ」と寄付するのではなく、必要なものをみんなで考え、それをどんなサイズ・形にし、建てたあとは誰がどのようにマネジメントするのか、そして今回のような幼稚園建設の場合は幼稚園の先生のためのトレーニングなどソフト面の支援までされているそうです。
今回見学した幼稚園の建て替えは、コミュニティーが「日中は幼稚園、週末は自治館として使える建物」を希望したことから決まったそうです。

開発支援ってとても難しいといつも感じていて、”援助慣れ”と言われる言葉があるように、やり方を少し誤ると「もってる人がいるんだったら助けてもらって当たり前」と取られる可能性がある。それはお金でけではなく技術でもそう。”与えられた”ものは大切にしない、自主性を持ってもらわないと後に続かない。
なのでアプローチの仕方、プロジェクトの運び方がカギだと、つまり人と人のつながり方、人徳の力がモノをいうんだなぁといつも思います。

長くなったので、続きはまた。


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