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2013年6月28日金曜日

市役所にくるひとたち


現在の職場、片田舎の役場には、いろんなお客さんがきます。

住民税を支払ったり各種手続きをする人が出入りするのは当たり前ですが、同僚の友達が遊びにきたり、学校が終わった放課後の時間には、役場で働くお母さんお父さんの仕事が終わるまで子供たちが遊んでまっていたり…日本で就業時間中に職場に子供をつれてくる人は見たことがなかったけれど、ここでは毎日一人は子供がいて、親の仕事が終わるのを走り回って待っています。外国人である私の隣に立って、ずーーっとこっちを眺める子供がいることも珍しくありません。

そして、その子供たちと同じくらいの頻度で役場に現れるのが、ただの部外者。
近くの新規開店の広告フライヤーを配るおにいさん、 腕の手術するためのお金を募りにくるおばさん、手相占いするおじさん…
信頼度本気度がわからないので、foreigner excuseで私は「ワタシコトバガワカリマセン」を突き通します。
しかし、現地の人たちは至って普通。同僚は手相を見てもらっていました。普通に、じゃぁお願い!って感じで何の疑いもなく。
その他にも各種商人がきます。 持ってくる商品はバラエティ豊かなラインナップで…
宝石・電化製品・美容品・服・サリー・下着・めがね・子供のおもちゃ・本・絵本・野菜・果物・米・麦・豆・らっかせい・ラグマット・シーツ・ふとん・枕…
もうとどまることを知りません。
それもみんな結構買うんです。

一番ウケたのは、私の前に座る同僚がラグマットを2,000ルピで購入したとき。この暑い国でラグマットを敷いている家なんてわたしも見たことがないし、買うかどうか迷ってる時も、さんざん回りの同僚たちが「ラグマット買ってどうするの?雨の日とかぬれるやん」など「買うのをやめたほうがいい」とアドバイスしたにも関わらず、結局買うにいたりました。2,000ルピって結構大金だしね。
そして買った後になって「デカいな…どうやってもって帰ろう…」と言い始めました。
えっ、いまさら?! いやいや現物を見ながら買っているのに「あなたバカですか?!」でしょ。笑笑

今日は朝9時から枕を、2時からはアクセサリーを売りにきていました。
この調子でいけば、車や家を売りにくる人もでてくるんじゃないかと、ひそかに期待しています。

2013年6月20日木曜日

たわいもない話


この町にきて、早いのか遅いのか…いえ、”やっとこさ” 1年2ヶ月が過ぎました。

学生時代に留学してたときほど語学が伸びない、と軽く落ち込んだりもしましたが、最初は「さぁ聞くぞ」っと気合を入れないとわからなかった回りの会話が、簡単な会話なら仕事をしながらでも、耳に入ってくるようになっていました。
無駄に1年2ヶ月地元にどっぷり浸かった生活をしてなかった、と解釈します。

さて今回の題名いもなっているたわいもない話ですが、オフィスは8割が女子なので、話す内容も、
①人の噂話、②最近買った服やサリー、アクセサリー、化粧品の話、③健康の話、です。
女子といっても、私より年上で子持ちのお母さんがほとんどですが、子供の話や食品の値段などといった話はほとんどしません。

この国の人(仏教徒)は、ピン(徳)を積むことがよいとされているので、基本的に人を褒めます、本人の前では。
たとえば、新しいサリーを着てきた人がいると、着てきた本人の前では、
「わーーー、素敵!どこで買ったの?いい色だね!!」
と、褒めまくります。しかし本人が去った瞬間みんなで
「あの柄よくないね。ちょっと古い柄じゃない?安そうだね。」
なんてことを平気でいいます。そう思うなら、あんなに褒めなくてもよかったのに…と思いますが、徳を積んだことになるのでしょう。その後の悪口で積んだ徳もチャラになってしまいそうですが。笑

仲良くなると、相手の気持ちも考えず、直球で思ったことを口にします。

「最近太ったよね?あごが丸くなってるよ」「白髪増えたね、早く染めなさい」「今日の髪型なんかヘン」「今日のサリーの着付け、ヘン」などなど…挙げるときりがないのですが、文化の違いと思えるから割り切れるものの、同じことを日本人に言われたら、結構傷つくことばかりです。

わたしも毎朝、着ている服、アクセサリーについて色々言われます。
わたしの服(サリー以外)は日本のものなので、日本製ということだけで無条件に褒められます。
そして、毎日のように、太った・痩せた・黒くなった・白くなった…、と大して何も変わってないのに、小さな変化を見つけて、感想を言ってくれます。
つまり、むちゃくちゃみんな見てるってことです。
それだけ人を気にしてるし、暇ってこと?!笑

こんな会話を日々見ている私でも少しビックリしたある日の会話。

※話の前提として:サリーを着るときには、まずヘッテというブラウスを身に着けます。これは一人ひとり自分のサイズに合わせて作らなくてはいけません。大体の女子は家にあるミシンで、自分のサイズに合わせて縫えます。
このブラウスも袖を短くしたり長くしたり、チューリップ型袖にしたり、好きなようにデザインします。

この日、内輪でその日着ていたサリーの品評会をしていました。

A:背が高くて体格がいい
B:背が低くてぽっちゃり、っていうか太ってる
C:日本で言うぽっちゃり型。こっちではかわいくってちょうどいいサイズ。

A「Bのサリー、かわいいね。どこで買ったの」
B「●●で昨日買ったの。今日着たくて急いでブラウスを縫ったんよ」
C「長い袖は細い人しか似合わないからね。この前の■■のきてたブラウスみた?!太いくせして長い袖きると、ダサいよね。Bは太いからそのくらい短い袖のほうがいいよね」
A「そうね、Bは太いからチューリップ型の袖も似合わないね。さらに太くみえるからね。」
B「うん、太く見えるから濃い色(深緑色)を選んだの。いい色でしょ」
A「ブラウスの背中のデザインもいいね。Bは太いからわたしみたいなデザイン(背中がボックス型に空いている)にすると、後姿が段ボール箱みたいにみえるもんね!」

……!?!
段ボール箱!? 箱!!!!
確かに背中が広くて、ガッシリしていて、色もダンボールみたいな色だし的確な表現ですが…仲がいいといっても、箱はひどくないですか!?
どれだけ仲がいいといっても、わたしが”段ボール箱みたいだね”って言われたら、ショックです。傷つきます…。
だけど申し訳ないけど、表現がピッタリすぎて、わたし一人で笑ってしまいました!!

この国の人ほど、Bさんほど強靭なココロをわたしはもっていないので、”後姿が段ボール箱”みたいなこといわれてBroken Heartしないように、気をつけようと思います。


2013年6月9日日曜日

Nepal vol.5


壮大な景色にテンション上がったままいざ出発!

元気に宿のお父さんお母さんに挨拶をしたものの、歩き始めから石の階段でちーん、となってしまいましたが、すぐに獣道に入り、植物を見ながらゆっくりと歩きました。朝は空気が澄んでるので、歩いていてとても気持ちよかったです。

食虫植物サラセニア。
水源発見!
あっという間にこの日の第一中継地点、TADAPANI(タダパニ)に到着。



紅茶を飲んで一休みして、トレッキング再開!


春の訪れを感じる芽がたくさん。
ダンさん曰く、私たちが訪れた4月が自然を楽しむには一番いい時期だったそう。(山に焦点をおくなら12-1月がベストだそう)
道中ダンさんに木や花の説明を求めていると、
「あなたたちは本当に景色をみながら歩くねー。自然への想いが日本人とネパール人は似ている。歩くだけに専念しすぎて回りを見ない外国人が多いからね。」
 って。褒められてるのか、もうちょっとさっさと歩いてって遠回しに伝えたかったのか…。
だけど山もない川もない季節の移り変わりもない、ココナッツの木しかない住環境の私にとっては、ここはウハウハだったのです。
やっぱりわたしは山が好きみたいです。

この日歩いたルートには、ずっとシャクナゲの木があって、ほんとうに美しかったです。

この旅では赤しか見ませんでした。他の色もあるのかな。
お猿さんが蜜を吸っているところにも遭遇しました。おいしさを知ってるのね。

何を思う、みなちゃんよ。
DEURALI近くの絶景ポイント。
絶景ですが、風びゅーびゅー。ここからもシャクナゲで真っ赤に染まった山を見ることができました。

ここから一気に下がって、この日のゴール、GHOREPANI(ゴレパニ・標高2860m)へ。

ふらふらと景色を楽しみながら歩いたおかげで遅くなり、このペースで歩いて宿に行くと、その時間では部屋が無くなるかもしれない、ということで、ポーター君に走ってもらって宿の部屋確保をしてもらいました。ポーター君、ありがとう。

学校の校庭にバスケットコートがありました。
ここでバスケしたらすぐに息切れそう。
この日のお宿。
宿に着くと中国人の団体が…暖炉の回りで大声でおしゃべり。山に入ってから、韓国人の団体、日本人の団体とはすれ違いましたが、中国人はあまりいなくて、「ヨーロッパへ買い物に行っても、山を楽しむ程にはまだなってないんだ」と思っていたのですが、素敵なデジイチ持っていらっさいました。。。 マナーだけはしっかり守ってほしいものですねぇ。

部屋に荷物を置いて町を散策するも、標高が高い上にアップダウンがすごく、足の疲れもあってすぐに息が切れて歩く気が失せたので、そそくさとお宿に戻って晩ご飯。
もちろん今日も


ダルバット。
うん、安定感あるおいしさ。
ダール(ダール豆で作った汁状のもの)は日本食でいうお味噌汁にあたるんでしょうね。それぞれ味付けがちょっとづつ違います。 うーん、昨日のダールのほうがおいしかったです。タルカリ(野菜の炒め物)はこっちのほうがおいしかったです。

ご飯を食べたら即就寝。笑
だって今日も朝7時から夕方5時まで歩き続けたんだもん。

そして次の日は、マチャプチャレ後部から御顔を出すご来光を見るべく、4時半起床でプーンヒルに登るのです。

プーンヒルの入り口。
入山料を払ってさてっ、登りますっ!!

Nepal vol.6 に続く。


2013年6月8日土曜日

Nepal vol.4


3月末の旅行記を6月に入って上げています… 行った本人も若干忘れかけているので、さっさと終わらせます。

テンション高めでトレッキング再開。

第一村人は登校中のかわいい子供たちでした。

cuteな少女。ネパールでも制服があるようです。
のどかな田舎道から始まりました。

日本の田舎みたいでしょ。
少しすると石のきちんと敷かれた階段道に変わっていきます。
川のせせらぎが聞こえてきたり、急斜面な山肌にある家々での人々の生活を垣間みたり…歩いていてとってもたのしい!!

そして時々すれ違うひとたちは…



飛脚!
車が入らない山岳地帯では、現在でも人が足を使って荷物を運んでいます。(牛などの動物ももちろん使っていました)
確かに当たり前なことだけれど、実際に見るとわたしたちは本当に楽して生きているなぁ、と改めて感じます。

途中の町、Ghandrug(ガンドルン)。標高1940mの比較的大きな町でした。
石がたくさん取れるらしく、建物はすべて石で作られていました。地産地消ですなぁ。

こう見ると色がないですな…
屋根まで全部石です。
途中雨が少し降りましたが、ちょうど2-3時の暑くなる時間帯だったので、私たちにとっては都合がよかったです。休憩なしで歩き続けます。

石ゾーンからどんどんと針葉樹ゾーンにかわり…

ちょっと日本っぽいでしょ。
さらに標高が高くなるとシダゾーンに。

シダってます。
 こんな急斜面を使って農作業。大変そう。。

イモ類や葉物野菜を作っていました。
最後まで階段道は続きます。

先には何も見えません…
午後5時過ぎ、この日の宿泊地Komrong(標高2250m)に到着。
GhandrugからKomrongを通るこのルートは、メジャールートではないらしくほとんどトレッキング客を見かけませんでした。ガイドのダンさんのオススメルートだそう。

歩いている間はぽかぽかしてても、着いて少しすると標高もさらに高くなってるし寒い……だけど汗かいたし…
暖房設備(ホットシャワー)はないのでもちろん水シャワー。体を無駄に動かしながらシャワーを浴びてました。(想像できる??) 本当に心臓が痛かったです。笑
そして熱を奪われた体を温めるために訪れた先は、

旅の友みなちゃんwith宿のご主人。
キッチン!
煙たいけどここが一番暖かいのです。

キッチンには干し野菜が。
大根のような野菜が干されていました。保存食ですね。日本の田舎みたい。

夜はずっとキッチンにいました。
暖かいのももちろんだけど、ここにいるとお母さんがご飯を作ってるのが見れて楽しかったです。そして家族構成と力関係も!ネパールはどうやらかかあ天下なようです。

ずっとお母さんはお父さんに指示!肝っ玉かあちゃんです。
始終お父さんはお母さんのお手伝いをしていました。
この後に泊まった他の宿でも男性はキッチンにたって、女性のお手伝いをしていたので、おそらくこの国ではそれがスタンダードなんでしょうね。

そしてでてきたごはん、


ダールバット!
もちろんむちゃうまっ!!
この他に、キッチンで作っていた家族用の干し肉のカレーも特別にいただきました。
同じカレーなのになんでだろう、いつも食べてるカレーよりおいしくいただける!ココナッツ入れてないからかな。油が多いからかな。コクがありました。


ご飯を食べて即就寝。
食べてすぐは体によくないとわかっていても体が疲れきっていました。


そして次の日の早朝、部屋をでると…

マチャプチャレとアンナプルナIII&サウス
すごーーーーーい。
絶景!!!
着いたときはもう暗くて山が見えませんでしたが、この絶景に朝からテンションMAX!!
写真では遠くに見えるけれど、実際はもっと近くに見えて、壮大さに感動しました。
ここが一番マチャプチャレに近くてそしてクリアに見えました。
いやー美しかったです。

もちろん記念撮影大会を思う存分してから、キッチンでお茶タイム。

朝ご飯を作ってくれるお母さんをみるみなちゃん。
朝ご飯を食べて、宿のお父さんお母さんにお礼を言って、トレッキング2日目のスタートです。

マチャプチャレとアンナプルナ3&サウスを見ながらのトレッキング。
この日はPoonHillに一番近い町、Ghorepaniまで歩きます。

Vol.5に続く。

学校でゴミ分別&減量作戦!


旅記録とグチしか書いてない気がするので、ちゃんと仕事してますアピール、します。

現在わたしがこの町で行っている仕事は、とにかくゴミの分別の習慣をつける(当たり前にする)こと、そして分別を通して減量を達成する(一応目標は現在回収量の3分の2に減らす)ことです。

今日は学校での分別プログラムのお話です。

まず朝礼で全校生徒に「明日から分別してなかったら回収しないからね!」とお知らせをして、次の日、分別できてなかったら本当に回収しません!ゴミ捨て場が溢れても、ちゃんと分別するまで回収しません。(ここで有言実行する本気の姿勢を見せれば、だいたい危機感をもってくれます。)

まずは分別できるようにごみ捨て場をリデザイン。

ゴミ捨て場にて。ポリティンプラスチックと書いてる子供たち
有機ゴミ、プラスチック類、紙類、の3つに分けれるようにしました。(その他のゴミは随時袋に入れて別の日に回収)

口頭で指導するだけだと絶対に行動にうつさないので、私も朝6時半からゴミ捨て場に立って子供たちに直接指導。この国の学校は7時半から朝礼、7:45から授業が始まります。終わるのも1時半と早いのですが、朝から学校へサリーを着ていく私にはツラい…。

各教室のゴミ箱を持ってくる子供たち。
この他にも、校内に落ち葉や除草用のコンポスト場を作り、無駄にゴミ箱を置いておくと分別を無視するため(特に先生なんですけどね)校内にあるゴミ箱を撤去しました。


この国ではランチシートと呼ばれる物がよくお弁当箱代わりに使われます。
使い方は…

去年撮った市役所の食堂での食事風景。
スーパーの透明のポリ袋がシート状になったようなもので、50cm角くらいのサイズ
真ん中に山盛りのごはん、そのまわりに数種類のカレーを置き、四方角を持ってくるっと巻いて、さいごに新聞紙に包んで出来上がり。ランチシートがない時代はバナナの葉っぱを使っていたそうで、今でも大家さんの奥さんはバナナの葉っぱ(庭にあるバナナの木の葉っぱを切って使用)を使っています。そのほうがおいしいんだそうです。

このランチシートがやっかい物なんです。
この国ではご飯を多め多めに持ってくる習慣があるので、基本ご飯を余らせるのですが、その余った残飯をランチシートに包んでポイっとゴミ箱へいれてしまいます。
分別回収では、残飯とランチシート、新聞紙を別々に分別してゴミを出さなくてはいけないのですが、それがなかなか定着しないのです。

なのでいっそうの事、ランチシートを禁止にしよう!と市役所ではランチシート禁止令をだしました。現在は

写真のように持ってきたおかずをみんなでシェアするのが基本。

みんなお弁当箱を使っています。
全市で「分別回収と同時にポリティン、プラスチックの使用を減らそう」と言っているのに、自分たちが実行しなければ説得力がないですからね。

そして学校でも、ランチシートだけでなくプラスチック類の学校への持ち込みを禁止してもらっています。

男女別れて一人ずつチェック。
毎朝、風紀委員が服装とバッグの中身をチェックします。

風紀委員長(奥の男の子)は毎朝立ってる。とても好青年です。
この学校では開始初日、ランチシートでご飯を持ってきた子供たちが大勢いて、数百個のご飯が没収されたそうですが、現在はほぼ回収ナシだそう。

一連のゴミ減量プログラム、結果は一目瞭然で、毎日の回収量が半分以下になりました。こうやって結果が出ると嬉しいもので、担当の先生もさらにやる気になってくれて、次はリサイクルプログラムを始める予定です。
現在市内にある5校中4校で、”ランチシート禁止、校門でのチェック” を実施していていますが、3校では確実に成功している様子。ヨシヨシ、です。

この国では、常夏のうえに停電もよくあるので、日本ほど食料保存環境はよくないこともあってか、よくご飯を捨てます。先述したように、昼ご飯しかり、家でご飯を食べるときも大量にお皿にのせても全部食べず、食べ残して捨てます。残ったご飯も次の日に食べることはありません。全て捨てます。
米の品種改良で収穫量を10%増やすより、国民の食事に対する意識改革したほうがよっぽど効果的だと思うくらいです。


ランチシート禁止を始めるとき、子供たちに
「昔、私はごはんを一粒でもお茶碗に残したら「きれいに食べなさい」と親にも先生にも叱られ、「お米をつくったお百姓さん、ご飯を作ったお母さんも悲しくなる」と母に言われました。ご飯を作った人の気持ちを考えなさい。残ったごはんは家に持って帰りなさい。そしてお母さんに自分の食べれる量を知らせてご飯を残さないようにしなさい。」と話しました。
ランチシートを使うと、どれだけ食べてどれだけ残したか、母親はわかりません。結果必要以上のご飯を持たせます。
父兄会でも「必要以上のご飯を子供に持たせないで。少々足りなくても家に帰って食べればいい(1:30には終わるのです)」と協力をお願いしています。

環境の話だけではなく、こういった日本では(少なくともわたしにとっては)当たり前とされる人としての礼儀も、子供たちに少しずつ伝えています。数十年後、この子供たちの時代になって、彼らが指導する立場に立った時に、少しでも覚えていてくれればいいなぁ、と願っていますが、さて…どうかな。。


2013年6月6日木曜日

長女イマルカの結婚の行方 番外編


また前回UPしてからしばらく経ってしまいました、が、わたしは元気です。

今回は愚痴、グチ、GUCHI なので、読みたくない人は読まないでください。笑


最近家でのストレスが半端ないので、金曜夕方~月曜朝まで家にいないようにしています。
その原因は、大家さんの長女、イマルカの婚約者、ここでは新参者、とよぶ奴、奴が原因なんです。

わたしはこの新参者が正直苦手、というかもうキライです。
若いときは自分の中で”キライ”と位置づけるような人でも、ある程度大人になってからは”個性的な人”という判断ができるようになって、人をキライと思うことはそうそうなかったし、外人が相手となると特に「文化違うしね」っと個人をキライと思うことはなかったのですが、コイツは珍しくキライです!

暫時的なもの、と新参者の滞在を我慢してきたものの、調子にのってそれからだらだらとずっとうちに居候するようになりました。(婚約・結婚前なのにうちに毎日来ること自体、男女の交際に厳しいこの国で許されることに私にはビックリです。一緒に寝なければいいんでしょうか。。。) つまり毎日仕事が終わるとうちにやってきて、毎日バスタオル姿で家の中をうろうろし、ダイニングを占領します。私はそのおかげで下着を外に干せなくなったし、顔を合わせたくないから夜のほとんどを部屋で過ごすようになりました。

家といっても、自分の家じゃないから100%落ち着くわけでもない上に、キライな人が同じ屋根のしたにいる、そしていろんな生活上おこる制約のしわよせがわたしにまでやってくるのは、この上ないストレスです。

もうストレスも限界に近づいてきたので、一昨日大家さんの奥さんに話しました。

私「新参者はもうずっとここにいるの?」
奥「結婚式を10月頃にする予定だけれどその後家が建つまではここにこうやっていると思う。なんで?ウザい?」
私「そっか。(本当はウザイといいたかったけどそこは抑えて)ウザくはないけれど気を遣うよね。もともと女の子2人のおうちと聞いていたから決めたのに男の子がいると、洗濯とかいろいろ…ね。気を遣わないでいいよ、といわれても私は気を遣うな。だからこのまま新参者がいるなら新しいおうち探そうと思ってる」
奥「……。確かにもともとそういう条件だったもんね…。だけどいまさら新参者に出て行けっていえないし…。バスルームの問題なら外のを使ってもらおうか。」
私「もういいよ。面倒でしょ。ちょっとオフィスと話して引っ越すならまた話すね」

というわけで、現在引越しを計画中。
もっと早めにアクション起こしておけばよかった。

そんな昨日。夕方家に帰ったら、大家さんの下の娘、チャラニーが
「あなたの買ったフルーツと知らなくて新参者が食べちゃたの。ごめんね」
って。この国はフルーツ王国で買っても超安いし、食べちゃったことはぜんぜん大したことじゃないし気にしないけれど、わたしがイラッとしたことは、新参者が食べたのに新参者は私に直接謝りにこない。すぐそばにいるのに。その後、イマルカ、奥さんまでわたしに謝ってきました。
いやいや、なんであなたたちが謝りにくるの!?謝るなら新参者でしょ!?って思いませんか? 
そういう意気地ないところも新参者をキライになる点です。好きなことは積極的にするのに苦手なことは人にさせる。そのくせ、態度だけは大きい。この国にはびこる役職だけついて中身のない大人の典型が、26歳のこの男にはもう染み付いてる。
まぁ今となってはもう色眼鏡で新参者を見てるところはあると思いますが…

イマルカと二人で家にいるときに
「新参者と本当に結婚するの?新参者はいい人?」
と聞きました。すると
「うーん、ちょっと意地悪で厳しい人だけど…結婚しなくちゃいけない…よね。」
って。大家さんの奥さんの話も聞いているし、無碍に反対はできないけれど、結婚前から100%ハッピーではない結婚を本当にする必要があるのか… 日本に比べてDVの確率が高い国だし、ちょっとそっちの心配もしてしまいます。

何が幸せかなんて正しい答えはないけれど、少なくとも自由に人生を送れる自分は恵まれているなぁ、となんだか感じました。
いろんな心配かけてるけれど、おとうさんおかあさん、自由にさせてくれてありがとう。